東京地方裁判所 昭和36年(レ)193号 判決 1961年7月04日
控訴人 遠藤政賢
被控訴人 関東電気工事株式会社
主文
原判決を次のとおり変更する。
被控訴人は控訴人に対し金二〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三二年一一月一九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
控訴人のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通じ、その二分の一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。
この判決は仮に執行することができる。
事実
控訴人は「原判決を次のとおり変更する。被控訴人は控訴人に対し金九五、三〇〇円及びこれに対する昭和三二年一一月一八日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張並びに証拠の提出、授用、認否は控訴人において次に附加したもののほかは、原判決の事実摘示と同一であるからこれを引用する。
控訴人は、原判決の事実摘示のうち、本訴は損害額九五、三〇〇円のうち金九一、七〇〇円を請求するものである旨の主張(原判決三丁表二行目から同丁裏七行目まで)を拡張し、控訴人の見積りによると控訴人の蒙つた損害の合計は金九五、三〇〇円であり、その内訳は左記のとおりである。
記
桜(大) 三本 小計 二一、〇〇〇円
〃(中) 一本 五、五〇〇円
〃(小) 一本 二、五〇〇円
楓 二本 小計 五、〇〇〇円
〃 一本 二、〇〇〇円
〃 一本 一、〇〇〇円
棗 一本 四、〇〇〇円
むしろ 二〇枚 小計 七〇〇円
縄 一、八〇〇円
しゆろ縄 三五把 小計 一、四〇〇円
丸太 二五本 小計 七、〇〇〇円
運賃 埼玉、府中間トラツク五台 小計 二〇、〇〇〇円
人夫賃 三六人 小計 二三、四〇〇円
よつて、右九五、三〇〇円金額を請求するものであると述べた
理由
一、被控訴会社は、その従業員である横瀬菊次郎らの電気工事員をして、昭和三二年一一月一八日東京都府中市新宿二丁目八、一四〇番地控訴人居宅の東北にある電柱から、同番地長島正雄方へ至る低圧電灯線の電圧改善工事に従事せしめた際、横瀬等は、従前同所に設置されていた電柱三本を控訴人居宅北側の私道の北縁に沿うように移し替え、これ等に配線工事を施すため、その障害となると認めた控訴人所有の桜五本、棗一本及び楓数本(その本数について控訴人は四本と主張し、被控訴人は二本と争う)の枝や幹を数個所ずつ切り落したことは当事者間に争いがない。
二、そこで先ず控訴人主張の楓の本数について判断すると、原審における検証の結果及び原審証人鴨志田菊枝、同蓮見光子の各証言並びに弁論の全趣旨を総合すれば、本件伐採が行われた当時、前記配線工事がなされた、私道北縁に沿う部分のうち蓮見方前に相当する所には控訴人の所有する楓五本が植えられていたこと(そのうち東側の二本については、横瀬等がその枝又は幹を伐採したことは当事者間に争いがない。)そのうち東側の二本は、その後「同町九、〇一七番地」に移植されているが、残る西側の三本は同町市川某方の東側に移植されていること及び右五本の楓のいずれもほゞ同等の高さのところに枝や幹を切り落した痕が存在する事実を認めることができる。当事者間に争いない楓二本の伐採の事実及び、右認定の諸事実並びに、前掲各証拠を総合すれば、右に述べた西側の三本の楓についても、横瀬等が伐採を行つたものと認定するのが相当である。前掲検証の結果のうち右認定に反する被控訴人の指示説明は採用できず他に右認定を覆すに足る証拠はない。
ところで控訴人が本訴において請求する楓四本のうち、当事者間に争いない二本は、前示のとおり、現在、同町九、〇一七番地に移植されている二本と認められるが、他の二本は、市川方東側に移植された三本の楓のうちのいずれに相当するものであるかこれを詳にする証拠がない。従つて、この二本については、立証責任に従い、右三本の楓のうち伐採による損害がもつとも少いと認められるものから順次選択することとし前掲検証の結果に基き、現在の位置である市川宅前の北から第一、二番目の二本の楓をもつて、控訴人主張の楓のうちの二本と認定する。
三、被控訴代理人は、本件伐採に着手する際、横瀬等は予め控訴人に代つて、同人の妻アキエの承諾を得ていた旨、主張するので、次にこの点について判断する。
原審証人遠藤アキエ、同鴨志田菊枝、同蓮見光子、同横瀬菊次郎(第一、二回)、同篠崎清蔵の各証言、前掲検証の結果及び成立に争いない丙第五号証並びに弁論の全趣旨を総合すれば、被控訴会社が横瀬等に指示したところの本件電圧改善工事計画では、控訴人居宅の東北にある電柱第九八号から前記私道を斜に横切り、蓮見宅、鴨志田宅、小島宅の各庭先を横断して長島宅へ達するように配線されるべき筈のところ、現場において鴨志田菊枝、蓮見光子から、右計画のような配線では物干場に支障を来し、庭を横断することになるとの異議が出されたので、横瀬等は同女等の要望に応えて、既に着手していた作業を中止し、新たに、前記一のような配線を行うべく、前記私道の北縁に沿い三個所に各一本ずつ電柱を立てたこと、右工事の際には控訴人の妻アキエも立会い意見を述べたもので横瀬はアキエに対し、当初の配線計画を右のように変更するときは、本件桜、楓等の樹木のうち配線に差し支える枝は切り落さなければならない旨を告げたところ、同女は桜の小枝ぐらいなら切つてもよいが、モチやヒバは切らないようにしてもらいたいとの返事を得たので、横瀬等は、前掲桜、楓、棗の枝や幹をそれぞれ数本ずつ切り落したこと、このようにして伐採したもののうちには、切口の直径が約二寸にも及ぶ枝が数本混在していたこと、右工事の終了後アキエは、このように沢山切り落されたのでは主人に叱られると述べていたことがそれぞれ認められる。遠藤アキエの証言のうち、同女が被控訴会社の配線工事そのものに反対した旨及び本件樹木の伐採について、いかなる承諾をも与えなかつた旨の供述は措信せず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
ところで控訴人は同人の妻アキエには本件樹木の伐採を承認する権限がなかつたと主張するけれども、共同の家庭生活を営んでいる夫婦の間では、たとえそれが夫婦のいずれか一方の特有財産の処分にわたる行為であつても、その処分行為が夫婦一方に特有の生活範囲に属する事象ではなく、むしろ家庭生活と云うべき夫婦共同の生活範囲に属するものであり且つその財産的価値が軽微なものであるときは、夫婦は相互に他を代理して意思表示をなし得る権限を有するものであつて、敢えてその都度、特別な授権を要するものではないと解すべきであり、このことは民法七六一条の法意からも窺知できるところである。従つて、本件のように、電灯線の配線工事を行うに際し、前記私道に沿つて植栽せられている控訴人所有の樹木について右配線に支障を来す限りで、その小枝を伐採することを控訴人の妻アキエが承諾したことは、控訴人に代つてなしたものとして有効であり、右承諾の限度では横瀬等に不法行為の責任を生じないものと解すべきである。右認定を覆すに足る特段の事情が存在したことを認めるに足る証拠はない。
四、しかしながらアキエが横瀬等に与えた承諾の内容は「桜の小枝」程度のものであることは、右に認定したとおりであり右に云うところが樹種を桜に限つたものでないとしても、切り落すことを許容した枝の大きさに一定の制限を加えていたことは明らかである。
しかるに前記三挙示の各証拠並びに原審証人遠藤アキエの証言により、本件伐採された樹木の写真であると認められる甲第一一号証の一ないし、九、同樹木の写真であることについて争いがない丙第二号証の一二を総合すれば、横瀬等が伐採した桜や楓棗の中には、切口の直径が、少くとも五センチメートルはあると認められる枝(主に桜)だけでも五本、同四センチメートルはあると認められる枝(主に桜)が少くとも七本、同約四センチメートルの枝が二本、棗の枝についても切口の直径が四センチメートルに及ぶ枝一本、少くとも三センチメートルはある枝が一本は伐採され、楓のごときは、枝は勿論、幹にあたる部分まで、各二、三個所ずつほゞ同等の大きさで切り落され、その外観にも著しい変貌を生じていることが認められる。
本項挙示の各証拠により認定できる各樹木の刑姿、目通りの大きさ、樹種と右伐採された部分、その大きさとを彼此対照してみるときは、横瀬等の伐採行為は、前示アキエの許容した範囲を逸脱したものと認めるのが相当である。もつとも、「小枝」という言葉がどの程度の大きさまでを指称するかは千遍一律に論定するわけにいかないところであるが、被控訴会社の従業員として平素、電柱の設置、配線等の業務に従事する横瀬等には、電線の配線をするについて障害となる枝を切り落すという目的と対象となる樹木の大きさ形姿と切り落す枝との関係、樹種が何であるか等の諸般の事情を勘案し、他人の邸内もしくはこれに準ずべき場所に植栽されている鑑賞用樹木の枝を伐採するについて、通常の注意を払えば当然疑義を生ずべき程度の大きさの枝やさほど大きくないとしても本件楓のように全体の形姿からみて重要な位置を占める枝幹の場合には、伐採の方法程度を具体的に確める等の方法を採り然る後伐採にとりかかるべき義務があるものと言わなければならない。しかるに、このような配慮を尽さず一方的な判断で、前掲諸事情から推して「小枝」に含まれないと認められる前示認定の範囲の枝、幹を漫然伐採する挙に出でたことは同人等の過失というべきであり、これに因る控訴人の損害に対し、使用者である被控訴会社は賠償の責に任ずべきものである。
五、右不法行為に因る損害の算定について、控訴人は、本件桜五本(うち大三本、中一本、小一本)、楓四本、棗一本をそれぞれ同等程度の形状の新な樹木に植え替えるに要する費用の全額をもつて原状回復と称し、本訴請求金額とするが、控訴人所有の本件樹木は、たとえその形姿を損じているとはいえいずれも現に控訴人の手許において生育しているのであるから、現行法の下では控訴人主張のような損害額の算定方法を認容するわけにはいかないのであつて、結局控訴人の損害額は、前記承諾の範囲を逸脱したと認められる限りで樹木の形姿が害われたことに因る損害に他ならない。
而して、控訴人の主張するところに従えば、本件各樹木と同等程度の形状の樹木の価格の合計は金四一、〇〇〇円であるところ前認定の伐採の情況から見て控訴人の蒙つた損害額が多くても右樹木の価格の五割以上に相当するとはとうてい認め難く多くとも金二〇、〇〇〇円と見るのが相当である(なおこの点については附帯控訴がない。)原審証人稲垣富の証言及びその証言により真正に成立したと認められる甲第一二号証、同石綿正秋の証言及びその証言により同じく成立を認め得る甲第一三号証及び原審証人遠藤勝太郎の証言及びその証言によりその成立を認める丙第一号証はいずれも本件損害額の算定の根拠として適切なものとはいい難いので採用しない。他に前記認定を覆すに足る証拠はない。
六、次に本訴請求のうち遅延損害金の点について判断する。当事者間に争いない事実によれば、本件不法行為は昭和三二年一一月一八日中に生じたものであるから、被控訴会社は右不法行為に因る損害金二〇、〇〇〇円については、少くとも不法行為の翌日である昭和三二年一一月一九日以降遅滞の責を負うべきものである。
七、よつて、被控訴会社は前記横瀬菊次郎外六名の使用者として控訴人に対し不法行為に因る損害の賠償として金二〇、〇〇〇円及びこれに対する不法行為の翌日である昭和三二年一一月一九日から完済まで年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるから民事訴訟法三八五条を適用し、原判決の中、遅延損害金の始期に関する部分を右のとおり変更し、控訴人のその余の請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について同法九六条、九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 石田哲一 野口喜蔵 山本和敏)